天眼寺(Tengenji)

いわゆる善光寺坂(言問通り:根津1丁目交差点から谷中6丁目交差点付近まで)には北側(谷中方面)にお寺が6つほど並んでいますが、南側(上野方面)は、この天眼寺だけです。歴史的な背景はわかりませんが、言問通りは、谷中と上野を隔てる境界線と言えるかもしれません。玉林寺と一乗寺の他は、比較的小さいなお寺のため、境内といっても綺麗に整備されたお庭といった感じです。山門脇に、「天眼寺(論語・漢詩)親子素読教室」と「天眼寺仏教講座」のお知らせが掲示されてます。こういうの地域密着でいいですね。

宗派       山号  住所
臨済宗妙心寺派楞伽山東京都台東区谷中1-2-14

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天眼寺 天眼寺本堂

東京都指定史跡 太宰春台墓 所在地 台東区谷中1-2-14 天眼寺墓地内 指定 昭和27年4月1日 旧史跡指定    昭和33年10月7日 史跡指定 太宰春台は江戸時代中期の儒学者、経世家です。名を純といい、字を徳夫と称していました。信州飯田に生まれ、江戸に出て但馬出石(たじまいずし)藩の松平氏に仕えました。17歳で儒学者中野撝謙に師事し、朱子学を学びました。元禄13年(1700)、21歳で官を辞し、以後10年の間京都、畿内を遊学し、その間に古学派に親しみました。正徳3年(1713)、再び江戸に出て、荻生徂徠に復古学を学びました。孔氏伝古文孝経を研究し、校訂して音註を作り、諸藩に分かちました。また儒学の基本をなす経学の分野では、『論語古訓』および『論語古訓外伝』など数十巻を著しました。儒学の思想に関するものとしは『聖学問答』、『弁道書』などがあります。延享4年(1747)5月晦日、68歳で没しました。お墓は円頭角柱形の桿石に隷書で「春台太宰先生之墓」と題し、三面に銘文を刻んでいます。高さ1.32m。 平成22年3月 建設 東京都教育委員会

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