谷中霊園(Yanaka Cemetery)

谷中霊園はJR日暮里駅から近く、春は沿道の桜が満開となり、桜の名所でもあります。故人を弔う厳粛な場ということから、特別な観光名所というわけではありませんが、十五代将軍徳川慶喜のお墓や天王寺五重塔跡など、歴史的な面影を偲ぶことができる貴重な場でもあります。周辺にはお寺や美術館などもあり、純日本的な文化や宗教を肌で感じることができます。日本資本主義の父と呼ばれる渋沢栄一など著名人が埋葬されているだけでなく、事実は知る由もありませんが、「明治の毒婦」と言われた高橋お伝のお墓もひっそりと置かれています。

都立霊園公式サイト  Wikipedia

谷中霊園 三崎坂方面より 谷中霊園 上野桜木方面より 谷中霊園 御殿坂方面より 谷中霊園 天王寺五重塔跡地    

東京都指定史跡
天王寺五重塔跡
所在地 台東区谷中7丁目9番6号
指定 平成4年3月30日

谷中の天王寺は、もと日蓮宗・長耀山感応寺尊重院と称し、道潅山の関小次郎長耀に由来する古刹である。元禄12年(1699)幕命により天台宗に改宗した。現在の護国山天王寺と改称したのは、天保四年(1833)のことである。最初の五重塔は、寛永21年(正保元年・1644)に建立されたが、130年ほど後の明和9年(安永元年・1772)目黒行人坂の大火で焼失した。罹災から19年後の寛政3年(1791)に近江国(滋賀県)高島郡の棟梁八田清兵衛ら48人によって再建された五重塔は、幸田露伴の小説『五重塔』のモデルとしても知られている。総欅造りで高さ11丈2尺8寸(34.18メートル)は、関東で一番高い塔であった。明治41年(1908)6月東京市に寄贈され、震災・戦災にも遭遇せず、谷中のランドマークになっていたが、昭和32年7月6日放火により焼失した。現存する方3尺の中心礎石と四本柱礎石、方2尺7寸の外陣四隅柱礎石及び廻縁の束石20個、地覆石12個総数49個はすべて花崗岩である。大島盈殊による明治3年の実測図が残っており復原も可能である。中心礎石から金銅硝子荘舎利塔や金銅製経筒が、四本柱礎石と外陣四隅柱からは金銅製経筒などが発見されている。

平成5年3月31日 建設

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